4. 陸のハロン湾チャンアンとホアルーへ(世界複合遺産2014年6月)

ハノイの旅【4】May 01, 2015~May 06, 2015

今回、ベトナムのハノイに来たのは、昨年世界遺産に新登録されたホアルー&チャンアンがテーマとなったといってもいい。

約1000年前のベトナムにおける首都であり、多くの重要文化財が残されている。ベトナムの現在の首都がハノイで、日本の東京と対比すると、奈良とか京都といったところか。

小規模で、圧倒されるようなものがないのはわかっているが、ハノイを拠点としてスケージュールを立てなければ、きっと機会を失うだろうと思ったからだ。

日本でもそうなのだが、世界遺産に登録された1年目くらいまでは、施設やサービスなどが整っていないので見学ルートもバラバラで資料も少ないことが多い。

「古都ホアルー」については、前もって調べてみた。ざっとこんな感じだろう。

■現在のニンビン(Ninh Binh)省にある。

■当時(968年)北部を支配した「ディン(丁)」朝の皇帝「ディン・ティエン・ホアン(Dinh Tien Hoang)」が独立王朝とした。

■初代皇帝のディン・ティエン・ホアン(ディン・ボ・リン)を祀った廟・前レ(黎)朝のレ・ダイ・ハン祠がある。

■ホアルー(Hoa Lu )は、968年からハノイ(タンロン1010年に遷都するするまで、ディン(丁)朝、レ(黎)朝、李朝が首都とした。

■中国王朝の影響が強く漢字が書かれていたり、赤・黄・金・銀が使われている。

古都ホアルーマップ

古都ホアルーマップ

■ベトナムでは、この時期まで自分の意思で国号を決める事はなかった。(中国支配勢力との紛争を避けたい)

■国号をダイコヴィエト(大瞿越)

■ディン・ティエン・ホアン(ディン・ボ・リン)は宮廷の裏切りにより死去。

■長期政権となった李朝は、「ダイラ-大羅(ハノイの近く)から黄金の龍が立ち昇る姿が見えた・・・」ので、タンロン(昇り龍)と名付け政治や文化の拠点とし、首都を移す。

古都ホアルーの入り口。観光地特有のカメラ撮影やノンラー(ベトナムの麦わら帽子)売りが・・・

古都ホアルーの入り口。観光地特有のカメラ撮影やノンラー(ベトナムの麦わら帽子)売りが・・・

さすが観光に弾みがついているだけのことはある。勝手に写真を撮影されて、あとでプリントされたものを見せられる。たいした金額ではない。こんな所から観光のサービスが始まるのは、日本でも一緒かなぁ(-_-;)

牛と一緒に撮影ができる?いくらか?

意外と一緒に撮影している外国人が多いので、縁起がいいのだろう。

牛と一緒に、記念撮影で!

牛と一緒に、記念撮影で!

今日は天候に恵まれたので、車中でのガイドさんによれば、「暑いは言わないこと・・・天気がよかったんがから」というニュアンスの言葉があったように思う。

確かに、「ノンラー」などの売り子さんも大活躍していたし、実際、トイレタイムで立ち寄った土産店に比べて安いので、お得という意味で買っていた。実際あとからボートに乗るが日よけして必需品に思えた。

ガイドさんは、送風機付きのジャケットで暑さをしのいでいた。(ちょっと変わっている!)周りを見渡さずにスタスタといってしまうので、ガイドを追いかけるといったスタンスで思いやられる。

秘密兵器?エアコンデションは最高!(^_^)

秘密兵器?エアコンデションは最高!(^_^)

hoalu3

当時のままの建造物。やはり中国の影響が大きいのか「漢字」がつかわれてる。

hoalu4

ディン・ティエン・ホアンやレ・ダイ・ハン祠堂など当時の皇族達が祀れている。

このような重要文化財には、見事な彫刻(レリーフ)が施されている。

relif

ベトナムが中国の支配後、ここから李朝の王国が長期政権となりタンロンへ首都を移し国号をダイベト(大越)とした。一方、ベトナム王国の最後となったグエン(阮)朝は、中部のフエに首都を置いた1802年から1945年までである。そこに、ここ北部のタンロン(昇龍)と対峙するかのようにフランス植民地となったフエ(順化)に歴史は移っていく。

hoalu5

区画されている広大な敷地が残っている。ここを徐々に整備するようなことを言っていた。

hoalu6

入り口の門に戻ってきた。高級カメラをもった女性撮影隊が集まっている。どこで即座にプリントアウトしているのかわからずじまい。帰りの客は、眼中にはないようだ。これから入場する団体客がターゲットなのだろう・・・それにしても一眼レフは日本製品の高級品を持っている(-_-;)

ここから、少し移動をしてチャンアン自然保護区の川で、ボートツアーである。

昼食が用意されているので、バスを降りてレストラン会場へ。

このバスを降りるとき、降車口の足元が凸凹で、足をくじく可能性があった。何人かは足を痛める所だった。本当はこのような場所ではガイドが全員降りるのを確かめて集合させるべきだろう。ちょっとクオリティが低いなぁと感じた。

trangan1

2ドルでミネラルウォーターを注文して、食事を開始。ベトナムの料理は、口に合わないものがほとんど無い。きつい香辛料も無いし、強烈な辛さもないので、なんとなく食が進んでしまう。

これから乗船する手こぎボート

これから乗船する手こぎボート

私たちのツアーは、ライフジャケットを着用して出港する。他のツアーや地元(ベトナムの人たち)はそのままで乗船していることが多い。安全性ということからも着用することで安心感になるようだ。漕ぎ手の女性達はたくましく、手こぎにプラスして、器用に足こぎもできる。

trangan3

ここら辺は、自然が手つかずで残っている。このまま、環境を整えながら観光と共存してほしいものだ。

4人一組でボートに乗り込んでいく。オールが左右に用意されていたので、きっと手漕ぎの体験もできるのだろう。

trangan4

かなり頭をかがめるかスレスレの高さの洞窟にボートが入っていく。

先行する同じツアーのボート。スレスレの高さきわどい幅である。

先行する同じツアーのボート。スレスレの高さきわどい幅である。

洞窟内部は、所々に明かりがあるが、探検という雰囲気である。さすがに長く続くと、肌寒い感じがする。

trangan6

やっと出口が見えてきた。なかは閉塞感が強いので、恐怖症の人はちょっと我慢かも。

trangan7

2時間くらいの手漕ぎボートクルーズなので、これからどんな景色を見せてくれるのか。

trangan8

次の洞窟に入る、順番待ちである。やはり人気があるのだろう。ボートのナンバーは900番台とかが係留されていて並んでいるので、1000艇はあるのでは?と思ってしまう。

trangan9

天候に恵まれたことで、ここの景観は美しく見える・・・と感傷的な気分になっていた。そのとき、ボートを漕ぐ女性の船頭さんが、私たちに何か言っている。

なんとなく「前に離されて来たから、追いつくためにオールで漕いでください」という感じである。

そのため、ここら辺から、写真が撮れない・・・。

こんなに離されている。

こんなに離されている。

かなりいいところまで、追いついて引き離しにかかったが、前を行くボートも同じ指令を受けたらしく、一気に引き離されてしまう。こちらは、これまで、追いつくためにパワーを使っている。相手は、温存していた力と、船頭さんの足漕ぎパワー炸裂でどんどん船艇が離れていく。

trangan11

結局最後まで、追いつけずに下船となる。

昨日のハロン湾よりも、このボートツーリングは楽しかった。

景観はそっちのけではあったが・・・。

trangan12

本来は、こんな感じのゆったりツアーなのかもしれない。

それでも、2時間あまりのボート漕ぎは無事終わる。

帰りバスの中では、ツアー参加者の多くがぐったりとしていたように思う。

ホテルの近くで順番に降りて行くのは、いつも通りである。夕方18時ぐらいであろうか無事にホテル近くで下車した。

ホテルのフロントで、明日のレイトチェックアウトが可能かと空港までのタクシーの手配をお願いした。

これで、明日も夕方までゆっくりできるし、直前までシャワーを浴びて空港に行ける。

部屋にもどり、夕食をどうするかを考える。

その前に、陽に焼けて熱てった身体にシャワーの爽快感を与える。

ガイドブックや日本のテレビにも取材されていた、「ダックキム(Dac Kim)」に決定。このホテルは便利で徒歩圏内でいけてしまう。

ブンチャをホテル横の店で注文。これが結構、美味しい。

ブンチャ、麺が食べきれないほど持ってきたのでハーフにしてもらった。

二階席もあると言われ通された。人気店なだけあってドカンとくる盛りつけに圧倒される。一度昼時にこの店の前を通り過ぎたが、入っていいのかわからないくらい混み合っていた。それに比べてちょっと余裕があって食べやすい。

ただ、おいしさを言えば、ホテルの横の店で食べた「ブンチャ」の方が断然いいように思う。決してまずくはないが・・・。

大衆的な店としての感覚でいくと、ちょっとだけ価格が高いように思えた。

つづく・・・。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。