洞爺湖にある有珠山フットパスを歩くーその2 | テクテクと。

洞爺湖にある有珠山フットパスを歩くーその2

一泊二日の洞爺湖の旅 June 15,2019~June 16, 2019

金比羅火口災害遺構散策路へ

「洞爺湖有珠山ジオパーク」散策路Mapより

金比羅火口災害遺構散策路は、ここから。

金比羅火口災害遺構散策路は、ここから。

防砂ダムの上の展望台から、金比羅火口災害遺構散策路へ入ります。「安らぎの家」跡方面からではなく「珠ちゃん火口」経由を選びます。ルートについては案内所で聞くことをオススメします。

まずはT-2からT-7を目指すフットパスコースを選択します。Tー10まであり、先ほど行った「西山山麓火山散策路(北口)」の駐車場付近まで行けますが、今回は「有くん火口」まで行って戻る周遊コースとします。

こちらには向かわずに・・・

こちらには向かわずに・・・

入口でもコースの説明を聞きましたが、西山コースをT-7以上進んでも大きく見るものがないように思います。醍醐味があるのは今行って来たばかりの「西山山麓火山散策路」を通しで歩く事だと思います。

最初は何もないので、トレッキングのような雰囲気です。

金比羅火口災害遺構散策路のフットパス標識T-3

金比羅火口災害遺構散策路のフットパス標識T-3

しばらく進むとT-4の標識がでてきて、以前は国道(旧230号線)だったはずで、車が通らなくなったためか、隆起は所々にあっても舗装の質が高規格のまま保たれています。

黄色い線から車が通れる一車線道路跡のように思えます。

黄色い線から車が通れる一車線道路跡のように思えます。

進行方向左をみると、洞爺の中島がくっきり見えています。このルートでは、ここまでの間に視界が開けることがなかったので少し感動します。

有くん火口へ行く分岐は、T-5になります。スタート時に聞いていた間違いやすいところはここでした。私達と逆周りをしている外人さんとすれ違いましたが、しばらくして、その後からこのT-5 に戻って登って来たので唯一、間違いやすいところだと思います。

T-5フットパス標識は、道幅が広い場所なので見落とさないように。

T-5フットパス標識は、道幅が広い場所なので見落とさないように。

ここからは、幾分道幅が狭くなり登山をするスタイルになります。有珠山の斜面ですので当たり前ですが・・・。

T-6地点は「珠ちゃん火口」があります。有珠山(うすざん)の一文字を取って命名されています。

有くん火口との分岐まできました。

T-8方面には向かう予定ではないので、「有ちゃん火口」へ向かいいます。

振り返ると、洞爺湖と目線が合います。湖畔の生活エリアとの距離が近いことが確認できます。

まず目に飛び込んでくるのは、『フット・パス』の×印。

火口にはこれ以上近づかない!

火口にはこれ以上近づかない!

有くん火口に到着です。

今は穏やかな姿を見せてくれています。天候が曇り空でよく言われるエメラルドグリーンの発色は見られませんでした。光の具合で変化するのかもしれません。

このようなエメラルドグリーンに発色は「全国エコツーリズム大会in洞爺湖」の時の記録として残した写真です。比較すると違いがはっきりします。

エクスカーション-体験エコツアー時の「有くん火口」 2008年10月4日撮影

山の神に怒られないように下山します。

遺構地域の桜ヶ丘団地とやすらぎの家へ

この地域の特徴は、温泉街である生活圏と火山との共存のため「砂防ダム」が作られていることだと思います。

砂防ダムが見えてきました。

砂防ダムが見えてきました。

有くん火口の方からの熱泥流を防ぐために何層にもなっています。その下側に、桜ヶ丘団地とやすらぎの家が、当時のまま残されています。

砂防ダムを迂回するようなルートに入ります。

こちらは、水が流れていた沢でしょうか?

天候が怪しくなってきましたが、これだけ見ると自然の風景を見ながら進む遊歩道のように感じてきます。

桜ヶ丘団地がある遺構エリアへ降りていきます。

雨の木道、特に下りは気をつけて!

雨の木道、特に下りは気をつけて!

桜ヶ丘団地が見えてきました。こちら側から見ると被害の大きさは感じません。三棟のうち一番被害が大きかった棟を残しているようです。

2000年の噴火時は、事前に住民が全員避難していて無事でした。

2000年の噴火時は、事前に住民が全員避難していて無事でした。

もし、避難していなかったら・・・とたらればですが、国道230号線に架かっていた「木の実橋」がこの団地の1階部分に落ちてきて破壊しています。

旧国道230号線から木の実橋が流されたという記述。

旧国道230号線から木の実橋が流されたという記述。

国道に架かっていた「木の実橋」が流されてきてぶつかった1階部分

国道に架かっていた「木の実橋」が流されてきてぶつかった1階部分

この団地の1階は熱泥流が押し寄せて内部は家具などを押し上げてしまっていました。また木の実橋は、さらに流されて「やすらぎの家(公衆浴場)」手前で止まります。その橋には設置されていた街灯もそのままでした。

この国道が寸断されたため、ここから接続する高速道路の「洞爺湖インターチェンジ」が移されて現在の場所になっています。国道230号線のルートはこの有珠山の噴火によって、大きく変更された事の一つです。

橋がながされ、国道が寸断された。

橋がながされ、国道が寸断された。

ここあたりでも、かなり大きな噴石が落ちています。今後噴火が「20年~30年の周期」と言われているなかで、砂防ダムで守り切っても、噴石の被害は避けられないように思います。2000年の火山活動の予知は、綿密なデータと人が24時間観測して得られた結果だと思います。

前回の噴火から20年が経って、沈静化状態から活動期のスイッチが入ったとも考えられます。さて、従来のように人が関わらずに、たくさんのセンサーやAIなどを屈指して、最終的には事前避難行動ができるのか、と思えてきます。

センサーやAIはデータは残すけど、文献は残さないからなぁ~
噴火の前年にリニューアルしたばかりだった。

噴火の前年にリニューアルしたばかりだった。

内部の様子などは、何枚か写真に残してありますが、あえて載せていません。何かの機会に興味があれば、洞爺湖の観光の一部分でフットパスを歩いて見るのも楽しいです。二つの遺構を見てまわりましたが、小学生などをつれたファミリーの姿も多かったです。

フットパスは、やはり欧米の人達が多くいて当時大型バスでどっと来て、観光していく東アジア型のスタイルとはまったく違うものでした。

テーマを持って旅すると近場でも楽しいです。

テーマを持って旅すると近場でも楽しいです。

相方も、疲れを見せずにスタスタと、出発点に戻っていきます。

出発地点です。コース取りを親切に教えてもらいました。

出発地点です。コース取りを親切に教えてもらいました。

翌日6月16日の帰路で見つけたもの

今回の宿泊は、>DELTAカードの特典であるデルタスカイマイルを使い、JTBの宿泊プランにし、ザ レイクビューTOYA「乃の風リゾート」のホテルを選んだものです。

普段行われている名物?「花火大会」は天候不順のため中止になっていました。

雨上がりの洞爺湖畔、遠くに羊蹄山も見える。

雨上がりの洞爺湖畔、遠くに羊蹄山も見える。

ここに、一泊して帰宅したのですが、帰路を楽しみむには、「表」洞爺が温泉街なら、「裏」洞爺と言われる「とうや水の駅」エリア付近へ。

※洞爺湖は、全国の湖なかでは、珍しく車で一周できます。

ここの付近は、自然酵母で作るパン屋さん「ラムヤート」を中心とした活気に溢れている一角があります。移住してきた人などで様々なお店があります。

ちなみに、店名「ラムヤート」の由来は、「洞爺村:と・う(-)・や・む・ら」を逆から読んだそうです。
自然酵母のでつくるパンの「ラムヤート」

自然酵母のでつくるパンの「ラムヤート」

また、この「ラムヤート」から道路に書かれた「チョーク」の矢印に進むとたどり着く店舗「しまりすや」など・・・。

昨年の訪問時よりもカフェが増えたりしています。(訪問時は、オープンに向けて店内の造作作業中でした。)

チョークの指示に従って・・・。

チョークの指示に従って・・・。

案内がありました。

店内に入ると、焼き菓子が並んでいます。

「しまりすや」さんの店内

「しまりすや」さんの店内

昼過ぎに札幌へ向けて帰路につきます。

国道230号線から見る「羊蹄山」

国道230号線から見る「羊蹄山」

洞爺湖周辺には今回のフットパスを含めて有珠山登山道など「散策路」がたくさんあります。

散策路 |

昨年2019年6月15日と16日の記録です。多くの観光客が押し寄せていたインバンドの観光がなくなって、いつもは空室がなくあきらめていた宿が、連休を前にしても残っています。

ありきたりの観光するだけなら、多くの人のなかで敬遠していた場所でしたが、このように、以前エコツーリズムを経験したことで、満足いく旅ができたと思います。

今年は、団体客が少ないので、自分なりのプランを作って旅行もしやすくなっているように感じます。その場所に行ってノンビリと観光するのもいいですが、どこか気軽に歩いてみるのも楽しいです。

最後に、この写真は2008年10月4日「全国エコツーリズム大会in洞爺湖」の一場面です。

2008年10月4日11:53AM、有珠山-エクスカーションより

2008年10月4日11:53AM、有珠山-エクスカーションより

このブログの「有珠山フットパスを歩くーその1」で紹介した「火山一代 昭和新山と三松正夫」 の著者である三松 三朗氏が地表温度の測定をしています。

またこのエクスカーションには、2000年の有珠山噴火時に、研究の積み重ねから得られた噴火の予知により、早めの避難行動に繋がり死者を1人も出すことなく周辺の住民の命を守った、火山物理学の第一人者の岡田弘 北海道大学名誉教授の解説もありました。

普段は入れない場所に入山したことが貴重な体験となりました。

遺産は観光にもなりますが、次ぎにくる防災の知恵にもなります。

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