2.ミーソン遺跡とホイアン旧市街へ-その1

ダナンの旅【2】Sep 19, 2015~Sep 23, 2015

前回、ハノイの旅で見た古都ホアルーやハノイ城跡(タンロン)は、阮(グエン)王朝のゆかりの地である。

それが、ハノイの地から南へ下った「フエ」の地で1802年から1945年まで王朝がおかれていた。国が2つあるかのようなモヤモヤ感をもったままでいた。

「東西経済回廊」の意義ー交通網の時間短縮

もう一つ、「東西経済回廊」である。ベトナムのダナンから、ミャンマーのモーラミャインまで経済を大きく動かす全長1,450kmの道路の開通。さらに、40分以上の短縮ができたという、ダナンからフエへ向かう峠に作られた全長6.4kmのトンネル(日本の技術で作り上げた)。これによって、12~3分で通り抜けることができるようになったスピード、その流通変化をこの目で確かめたかった。

現地オプショナルツアーをうまく使う

今回、宿泊した「アンサナ・ランコー(Angsana Lang Co)」も交通の便という意味では、このトンネルがなかったら、リゾートとしての用途も限られたものだったかもしれない。今日は、日本で予約しておいたツアーが迎えにくる。ダナン中心より遠く離れているので、追加の料金も大きいがしかたがない。ここ数年続けているクメール様式の影響を受けた遺跡巡りの旅は、ここダナンではミーソン遺跡があった。

今日は朝の7時に出発である。そのため、朝の6時にオープンしている朝食会場へ。「私と相方が一番かな?」と思っていたら、人影はないのだが荷物が置かれている席がある。

外のビーチに行っていたのか、明らかにゴルフウェアを身にまとった地元の紳士って感じの人たちである。お金持ちなのかレクサスマークの「L」付きの紙バックが似合っていた。

清潔感のある朝食

朝食は、スパークワインなどが揃えられていて、1日ビーチで過ごすなどゆったりとした計画をする人にとってはいいサービスなのだろう。きれいに並べられたバイキング形式で、今までの東南アジアの旅で一番と言っていいくらい清潔感があり安心できる。

フォーを目の前で作ってもらったり、卵の料理は目玉焼きとかスクランブルエッグ・オムレツなど注文すれば焼いてくれる。ベトナムの料理は、香辛料がタイなどに比べて強くないので食べやすい。一通りフルーツを食べて、急いで部屋に戻り用意をすることに・・・。

部屋の電子ロックが解除されない・・・

・・・「開かない?」部屋のキーの電子ロックがカードをかざしても「レッドランプ」

部屋のドアを開けると、きれいな山の景色が見えるはず。日本では、電子マネーマニアで「かざす」こと10年以上、残金不足で警告はあったがこんな時に扉が開かないなんて・・・。

部屋からのMountain View、なかなかの景色。

※部屋からのMountain View、なかなかの景色。

「時間がない」そう思っても開けてもらうしかない。

フロントに行き鍵が開かないことを伝えて、メンテナンスの係を待つことに。10分くらいまっただろうか、ハンディー端末を使ってロックを解除。何度かカードキーを使って解錠ができることを確認して一件落着。---(この部屋は、電気系統に問題があるように思っていた。この感は当たっていたかも・・・)

ツアーガイドさんがもう到着している!

約束の時間の7時に6分ほど遅れてロビーへ。さすが時間が正確ですね、もうすでに待っていてくれた。ここからの出発は、さすがに私たちだけのようだ。ダナンまでは1時間ほどかかる。ちょっとした朝のドライブである。

昨日、ダナン空港から来た時は夜だったので、周りの景色はわからなかったが、あらためて朝の日差しの中で見るとリゾート地を囲む田舎の風景である。

※朝でも強い日差しの風景(車内より)

※朝でも強い日差しの風景(車内より)

ダナン市街を抜けると、ベトナムの日常的に見ることができる道路の混み具合。そして、注意喚起のために頻繁に聞こえる「クラクション」の音。この国の交通は警笛で成り立っていてうまくいっている。一瞬で数えるのが困難な無数のバイクと乗用車と大型トラックが、スレスレのところでかみ合っている。こちらとしては、慣れるまで息をのむ。(東南アジアはどこも似ている。)

※バイクと車がうまく共存している。クラクションが・・・

※バイクと車がうまく共存している。クラクションが・・・

ミーソン遺跡に続く道

10時前には、到着しそうな感じである。もうかなりの強い日差しをあびている。もう35℃はいっているだろう。ここは、比較的高い山に囲まれているようなひっそりとしたロケーションである。

※ミーソン遺跡入口に到着。大型バスで来るとここまで入って来られない。

※ミーソン遺跡入口に到着。大型バスで来るとここまで入って来られない。

ヒンズー教の聖地と考えると、この場所に建立されているのもうなずける。

まだ、危険な戦争跡が残っている

この先、右手にある手つかずの遺跡?は、まだ、戦争跡の除去がされていない場所で、危険なようである。ある意味、ここも激戦地の舞台になってしまい破壊されてしまっている。

※細い軽い坂道を行くと遺跡群。

※細い軽い坂道を行くと遺跡群。

足取りが重くなる瞬間である。小道ができていて立ち入り禁止の看板もないのでガイドさんに聞いていなければ、ついフラッと見に行ってしまいそうである。危険なところはもっと奥なのかもしれないが、除去作業がこれからも行われていくのだろう。

※戦争の爪痕は、こんな近くにまだ残っている。

※戦争の爪痕は、こんな近くにまだ残っている。

チャム族が王国を築いた場所である。クメールの文明を追ってここまで来た。ここでも色々なものが混じり合って建立されているように思う。

※パッと見でクメール様式と思う。

※パッと見でクメール様式と思う。

※ミーソン遺跡の配置されている地図

※ミーソン遺跡の配置されている地図

遺跡は、A~Gの大きく7つのグループに分かれているようだ。

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修復中。頭部を失った女性の像かな?

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グループA群は、破壊されているのか城壁の一部が残っている。

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※はっきりと彫られているレリーフ。

※はっきりと彫られているレリーフ。

チャム族は色々な文化を得て、この地に伽藍をつくっていくと考えると混じり合った文化で構成されているのも納得できる。それにしても、ベトナム解放軍の基地があったので、アメリカ軍に攻撃された戦争の遺産でもある。今の現代でも歴史の建造物は、時代の思想によって破壊と創造を繰り返すしかないのは愚かなおこないにみえる。

陽を遮る場所がないので、見て回るにも汗がでる。ここから、ホイアンに行くようだ。

文化的な町並みはあまり得意じゃないな。昼食が待っているようなので・・・

【2-2】につづく・・・
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