6.無料シャトルバスでフエへ、そして帰国の途。-その1

ダナンの旅【4-1】Sep 19, 2015~Sep 23, 2015

昨日、ダナン市街から帰って来ると、約束通り部屋が変わっていた。備え付けのTVモニターをみると、私達の名前が出ている。また、ホテルからのメッセージが書かれていた。明日の朝にはチェックアウトなので、荷物も必要なものだけを出すことににた。

環境保護や 地域社会の支援プログラムを行う運用資金

このホテルでは、毎朝植物の手入れをしているようだ。それは、環境保護や 地域社会の支援プログラムを行う運用資金として「Green Imperative Fund(グリーン保護基金)」を(このホテルの)利用者が支払う(一応任意らしい)ことになっている。維持管理のために働く人へ雇用にも使われいる。

ベトナムの社会事情を考えると、企業の社会的な責任(CSR)というより支援活動が必要なのだろう。企業の試みとして有効なことだろう。

朝は、広い敷地内を散歩。もう陽射しが強くなってきているがすがすがしい。こちらは、山側の風景である。

※ホテルの緑の維持と管理は美しい。

※ホテルの緑の維持と管理は美しい。

今日が、最後なのでビーチの方にも、散歩。

※Angsana Beach 施設の利用者がほとんどだからプライベートビーチのよう・・・

※Angsana Beach 施設の利用者がほとんどだからプライベートビーチのよう・・・

朝食は、いつものベトナムコーヒーをいただく。はじめは、強烈な甘さに口の中がパニックをおこしたが、何のことはない慣れてくると今日は「おかわり」までしていた。

※チョコレートのような香味を感じさせる甘いコーヒー、味覚に今でもインプットされている。

※チョコレートのような香味を感じさせる甘いコーヒー、味覚に今でもインプットされている。

ホテルのサービスフエの往復・無料のシャトルバス

フエ(Hue)には、10時出発の無料のシャトルバスを予約してある。2時間かからないらしいので昼前には到着だなと思いながら、ベトナムのちょっと田舎の風景をみている。

※国道から離れると静かな田園風景があらわれる

※国道から離れると静かな田園風景があらわれる

帰りの出発時間は、17時。同じシャトルバスがこの場所で待機しているということで、カメラにおさめる。周りを見ると同じようなマイクロバスが止まっている。

乗ってきた集合バスは、必ずカメラに撮っておく

普段から、集合場所がバスを指定されている場合、必ずカメラのシャッターを押すことにしている。意外と今まではいなかったバスが勢ぞろいしていてしかも、同じ色や同じ車種。ナンバーとフロント周り(ガラス内の置物など)を撮っておくと便利。

このバスの駐車場は、目の前にフォーン川にかかる大きなファースアン橋があるので、わかりやすい。

※フエの駐車場に到着!-6名乗車の旅でした

※フエの駐車場に到着!-6名乗車の旅でした

車の奥に建物があり、「ベトナムの喫茶店?」がある。その隣に、清掃が整ったトイレがある。ここは、有料なのできれいなのであろう。

地元の人も利用していたし、この建物の棟続きの「ベトナムの喫茶店?」利用者は無料だった。

※フラッグタワーはハノイのタンロン遺跡近くにも。象徴的存在

※フラッグタワーはハノイのタンロン遺跡近くにも。象徴的存在

シクロの勧誘にどう対処するか

降りて歩きだしたとたんに「シクロ」の勧誘にあう。

何とか振り切ってみたものの、かなりの手ごわさを感じていた。それでもフラッグタワーを横にして目的の阮(グエン)朝王宮に向う。

※歩道がほとんど無い橋の端を渡る。

※歩道がほとんど無い橋の端を渡る。

Xuan(クアン&ガン)門をくぐる時も、バイクが列をなして入ってくる。もちろん歩道部分はないので、振り返りながらトンネルを渡る。

※Xuan門の中をゆっくり渡る。

※Xuan門の中をゆっくり渡る。

ここを通って右手前方には、「大砲」が4機並んでいる。これは、フラッグタワーを中心に左右に合計9機が置かれている。右側に当たるこちらは、1年かけて分納を表すように、春・夏・秋・冬を表しているらしい。歴代皇帝のザーロン帝の時である。ちなみに、左にある5機の大砲は、中国の五行思想を反映しているようだ。

※春夏秋冬を意味する大砲

※春夏秋冬を意味する大砲

ここを過ぎると、シクロの人達が色々言ってくる。仕方がないので、少し話しを聞く事に・・・思うつぼなのだが、それもいいかな?と。

1時間あたりのシクロ拘束時間の価値

はじめ、手のひらに300,000VNDと書いてきた。1日な訳ないよなぁ~。

これは、相手の作戦に思いっきりはまったようで、手のひらに希望の金額をかけという。相手が言うには「ぐるっと一周すると1時間くらい」・・・その1時間あたりの金額らしいのだが、阮朝王宮を巡ると1時間くらいといっているような手振りであり、こちらが金額を書くと同時に、なにやら言ってくる。

なんとなく理解しがたい状態だったが、象に乗って移動が10分あたりで150,000VNDというガイドブックの情報があったはず。なので、せめて人力と換算して200,000VND位かなと思い・・・本当は100,000VNDと書こうとも・・・。

とにかく、400円/h(ベトナムでは高額なはず)なら、どんな状況でも許せる範囲かなと思いお願いする事にした。陽差しも強く汗だくになる事も予想していたので、この選択も悪くはない。

※サスペンションは板バネで、そこそこ乗り心地はいい方。

※サスペンションは板バネで、そこそこ乗り心地はいい方。

小さなシクロに、夫婦で縦に二人乗りスタイルで乗車。

※木漏れ日のなか、人力が作る風が心地いい。

※木漏れ日のなか、人力が作る風が心地いい。

まず現れてきたのが、なにかきらびやかな門「トゥオントゥ」。あまり趣味は良くないが、ここ一帯を明るくしている。

※

※トゥオントゥ門と言っていたような!二度聞き直した。

シクロは、色々なガイドブックなどであまり評判が良くない。

しかしこのトゥオントゥ門で止まっていると、思った以上にシクロに乗車している人がここに到着する。一つの観光の手段として張り切れれば、使う価値があるかも知れないと思った。

阮朝王宮の外壁をゆっくりとまわる

この、阮朝王宮の外壁を廻って行くので、ベトナムの庶民の暮らしもみえてくる。シクロを使わな限り絶対に来ない。

※日本では懐かしい駄菓子屋のような店。色鮮やかな玩具は今のベトナムをあらわしている。

※日本では懐かしい駄菓子屋のような店。色鮮やかな玩具は今のベトナムをあらわしている。

ホー・チ・ミン氏(地名の時はホーチミン)が幼少の頃、父が阮朝に仕えていた関係で住んでいたとされる家。さすがに、丁寧に保存されている。

※

※国家元首ホー・チ・ミン氏の幼少時の家

内部の備品も、その頃の生活が質素だったことがわかる。

※幼少の頃の生活。国家元首ホー・チ・ミン氏の家

※幼少の頃の生活。国家元首ホー・チ・ミン氏の家

ここフエは、日本の終戦にあたる1945年まで首都であった。1802年から現在のハノイ(その昔タンロン)から、その期間首都(タンロン)を奪われていたことになる。そのような歴史を持つため、これから続くベトナム戦争においてもこの地域は戦火になったようだ。

※小さな店が立ち並ぶ生活感のある道路を進むとドンパ門が見えてくる。

※小さな店が立ち並ぶ生活感のある道路を進むとドンパ門が見えてくる。

ドンパ門の手前で左折をして、すぐに上部に上がる階段がある。

入口が一般の家へつづく道をかねているのか、洗濯物の布が干してあったり、不要な物?を階段に置いていたりと、このシクロの案内がない限りわからないのではと思った。

それぐらい入口がわかりにくい。

堀と城壁を楯にした旧市街をのぞむ

階上に上がっていくと、この門の外が城壁を守っている構造だったよいう事がよくわかる。今でも軍事に使われている理由でもあるだろう。

※お堀と城壁がベトナム戦争中戦火に。

※お堀と城壁がベトナム戦争中戦火に。

この構造は、いくつかの水を利用したお堀と城壁を楯にした旧市街を囲む。

※積み上げられたレンガの城壁がぐるりと周囲を守る。

※積み上げられたレンガの城壁がぐるりと周囲を守る。

近くの庭園によって、ゆっくりと阮朝王宮の王宮門前に着く。

ここまで、1時間30分ほどである。本来は、ここで1hの契約が切れるはず。

と思っていたら、地図を出してきて、出口の説明があった。

出口の説明があったので、シクロを待たせる事になった

※出口の写真を撮らしてくれと言うと、貸してくれるという!

※出口の写真を撮らしてくれと言うと、貸してくれるという!

入口と出口は違うのようで、こちらの出口の顕仁(ヒェンニョン)門の前で待つと言う。

これを、借りたという事は時間の拘束を認めたことになる?

※修復後というラッキーな時期に・・・

※修復後というラッキーな時期に。左右の門で入場料を支払う、皇帝用の中央門は閉じられている。

ここは、昨年の12月頃まで修復していたので、完成して新しい姿である。一様にバックにして記念写真を撮っている。

この門は、王宮門といい別名「午門」と言われていて、正午になると門の真上に陽が来ることから名付けられた。

『ちょっと疑問に思ったんだよね。シクロの事。ここを見てくると一時間ほど、その経過時間も含まれるんだよね。』

シクロの事、ここで一度終わらせればよかったと・・・

・・・『もう、阮朝王宮内に150,000VND(入場料が上がってる・・・修復されたからかな)支払って中に入ってからなので、どうする事もできないけど、一度シクロの精算をここでする方が良かったかも。』と頭がよぎる。

ただ、日本円に換算すると、どうなのかといつも考える。節約旅行でもないし大盤振る舞いの旅行をしているわけでない。

そんなにキリキリするレベルでもないかとも考えた。

※太和殿が目に飛び込んでくる。それにしても陽差しがきびしい!

※太和殿が目に飛び込んでくる。それにしても陽差しがきびしい!

中庭の中央を歩くのは、熱中症になりそうなので、なるべく左右の回廊を使って歩いていく。

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※太平樓

※太平樓の色使いはきらびやかな印象

やはり、中国の文化の影響が現れているように見える、鮮やかな朱が際立つ回廊。色々なところで修復作業が続いている。

※華麗な朱色の回廊が陽差しを遮ってくれている。

※華麗な朱色の回廊が陽差しを遮ってくれている。所々で修復工事が行われている。

もう少し、時間があれば史跡を巡るのもいいだろう。

この阮朝王朝を観て、戦いの歴史を残していくのだろうと感じた。

1945年3月11日、フランスから独立をしてベトナムとなる。

そして、ベトナム戦争でここフエも占拠された。

そろそろ、出口のある「顕仁門」に向かう。

もう一つ、和平門からも出られるようであるが「地図」を借りていることもあって「顕仁門」で約束していた。

※

※出口へ向かっていく

方向を示す看板があったので、そのまっすぐの道を行く。遥か遠くから、手を振っている、先ほどのシクロの人らしい。

フエ宮廷骨董博物館は阮朝王宮で払った入場料金も含まれている

次は、「フエ宮廷骨董博物館」にいく。あまり人気がないのかシクロなどを使わないと来にくいのかも知れない。(顕仁門から電気自動車で送ってくれるとあったが、見たところ電気自動車は出払っているようで見かけなかった)

管理している人達も、あまり活気がなく寝ていたりもする。阮朝時代の宮廷で使われていた、食器や衣装など貿易のあとも感じさせる貴重な資料館といったところである。

ただ、あまり解説がされていないものも多く、興味を維持するには相当な見識が必要に思う。館内にガイドさんかパンフレットなどがあるといいかも知れない。阮朝王宮の入場料にここの入場金額も含まれているのだから。

※フエ宮廷骨董博物館ー大砲などがあるので、違和感が・・・

※フエ宮廷骨董博物館ー大砲などがあるので、違和感が・・・

ここのトイレは、意外にもきれいでした。

※建物の裏にあります。

※建物の裏にあります。

見学も終わり、すぐそばの「歴史革命博物館」も薦められるが、あまり興味がない。色々な所へつれて行こうとするが、そろそろ、帰りのシャトルバスの時間まで1時間半。おなかもすいてきているし、元の場所に戻ってくれ言った。

3時間30分のうち、10~15分の事で口論してみる

急に言ったので、スタート時刻を10~15分くらいサバを読まれ。私と互いに確認したときは、この時間だったといってみたがガンとして譲らない。本当は、それでもいいのだけれど、阮朝王宮めぐりの1時間あまりが気に食わない。

人柄もいい人だし、ガイドも思った以上にしてくれていた。だまそうとするような人ではないのだが・・・。こんなところで口論してみても(メモ紙で書いて応酬ですが)仕方がないので、3時間30分きっかり払うことにした。

最後には、握手を求めてきて無理やりつかむ。

本当はいい人なんだよなぁ~、と思いながら分かれた。

降ろされた場所は、最初に乗ったところではなく、バスの待機する駐車場の横だった。

最後まで、ホテルの方は、橋を渡った先だ!と言い張っていた。

不思議な「シクロ」体験であった。

※105,000VNDから150,000VNDに値上げされていた。

※105,000から150,000VNDに値上げされていた。阮朝王宮の入場券(ガイドブックが古かったかな!)

その2-「無料シャトルバスでフエへ、そして帰国の途」につづく・・・


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